出会いの必然性

今では日本も個性の時代となり、自分の主張が自由にできるようになりました。社会のルールは守らないといけないのですが、その中で個人のやりたい事や少しの夢を語れるようになりました。それが叶うか叶わないかは本人の心掛けですが、自分のやりたい職業に就いて自分の小さな夢を叶えている人は多くいます。

そんな中で人の暮らしや人間関係など社会の中で大きく世間は変わってきました。ただ、この世の中での出会いの形は変わらないものだと思います。全ての出会いというのは偶然のように見えて、必然でもあるのです。ただ偶然に居合わせただけに思うかもしれませんが、それもまた何かによって引き寄せられているのです。

今までの生活の中で奇跡だと思えるような出来事がたくさんあったと思います。それもまた必然であることで、世間がなりたっています。このような出来事や出会いは大小含めて人生において何度となく起こります。大きなものだと、その度に人生の岐路の立たされることもあるでしょう。

ただ、人生70〜80年と言われている現代において、幾人の人との出会いが訪れるでしょうか。それは個人によって過ごした環境によって変わってくるとは思いますが、自分たちた思うほど人との出会いは少ないと思います。その場限りの出会いを入れると多くなりますが、その後何かしらの関係を持つ人はそんなにいないと思います。

人生の中で一番最初の出会いというのは、自分がこの世に生を受けたことです。ほとんどに動物は新しい命を生みだすために、精子と卵子の出会いから始まります。その時に数億もの精子が卵子を目指して多くの試練を乗り越えていきます。

その数億もの小さな生命は、その試練に屈していきます。その中で一番最初に辿りついた者だけが卵子と出会います。その時に動物として新しい命へと変わっていくのです。この新しい命もまた必然のもとで生まれ来るものなのです。

いろんな所で今では子供が親を選んで生まれてきてくれるという話がありますが、ただその生まれた時間や場所によって人生は変わっていきます。生まれた時間までは人は選べません。同じ時代に生まれた者同士しか出会うことはできないのです。

また、特に押さない頃は両親や周りの決めた範囲の中でしか行動はできませんので、同じ環境に生きる人としか出会いはありません。ある程度の年齢に達すると自分の意思によって住む環境を変えることは可能です。しかし、時代を変えることはできません。たとえ、その環境を自分の意思で変えていったとしても、その環境を選んだのは自分でしかないのです。

menu